記事一覧

2018年01月28日

チャーリー・マニエル監督がいなかったら、ジム・トーミ氏の野球殿堂入りはなかったかも知れません

jim_thome_home_run_511ft_1999_480.gifjim_thome_home_run_511ft_1999_480.gif
2018年度の大リーグ野球殿堂入りした選手の発表結果は、途中結果が公表されるようになったせいか、予想通りでした。



チッパー・ジョーンズChipper Jones
ウラジミール・ゲレーロ Vladimir Guerrero
ジム・トーミ Jim Thome
トレバー・ホフマン Trevor Hoffman
の4人です。
野手が3人、投手はトレバー・ホフマン 1人です。

 このうち、日本とかかわりのある選手は、ジム・トーミ Jim Thome選手です。
 直接、関係があるわけではありません。日本のプロ野球ヤクルト球団に在籍していたチャーリー・マニエル氏がいなかったら、野球殿堂入りはできなかったでしょうと、本人が、受賞後、語っています。

 ジム・トーミ選手がマイナーリーグにいたときの監督が、チャーリー・マニエル氏でした。

 マイナーリーグ(3A)の他の多くの選手と、ロバート・レッドフォード主演の「ナチュラル」という野球映画のビデオを見ていたとき、チャーリー・マニエル氏がやってきて、見るのをもう辞めるように言いました。しかし、みんなのまだ見たいという強い要望で、引き続き見ることを許可せざるを得ませんでした。

 チャーリー・マニエル氏は、ジム・トーミの打撃指導をどうするか思案しているときに、この「ナチュラル」の主人公の打撃フォームを取り入れることを思いつきました。
jim_thome_home_run_511ft_1999_480.gif
 バットを一度、ピッチャー、センター方向に向け、オープンスタンスに構える打撃フォームです。この、打撃フォームを取り入れたおかげで、引っ張り、流し打ちと全方向に打球が飛ぶようになり、飛距離も出るようになり、球界を代表するパワー・ヒッターになったのでした。

 日本プロ野球史上、最悪の助っ人と言われている元ヤクルト球団のペピトーンの後釜として、性格的に日本に適した選手として、チャーリー・マニエル氏がロサンゼルス・ドジャース のピーター・オマリー 会長に推薦されたのでした。マニエル氏は1978年にはヤクルト初の日本一に貢献するなど、日本で活躍しました。また、大リーグの監督も務め、2008年にはフィリーズの監督としてワールド・チャンピオンにもなっています。
 ジム・トーミ選手は、恩師のチャーリー・マニエル氏同様、性格が良いためか、大リーガーの間から「最も中の良いチームメートは誰か」というアンケートの第一位に選ばれています。

 ジム・トーミ選手が活躍していた時代、バリー・ボンズ、サミー・ソーサ、ほかパワーヒッターの多くが薬物を使用していたと見られていますが、このような時代にジム・トーミ選手はその疑いをかけられていません。

 このような時代の中での、通算612号達成というのは非常に高く評価されています。ジム・トーミ選手が正直に活躍し、誰からも好かれる選手となり、野球殿堂入りできたのはチャーリー・マニエル氏のおかげかもしれません。そのチャーリー・マニエル氏は日本で活躍したこともあり、今回のジム・トーミ選手の受賞は日本人としても大変うれしい限りです。

posted by HANG IN THERE YU at 15:25 | Comment(0) | MLBニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。