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2013年01月03日

ダルビッシュ投手が2012年9月から別人のように調子を上げた要因

 ダルビッシュ投手は2012年に大リーグにデビューしてずっとコントロールに苦しんでいました。そしてシーズン後半になって調子を落としました。勝てなくなって防御率も一時は4点台に悪化しました。
 7月は1勝3敗、防御率5.74、8月は2勝2敗、防御率5.29でした。
 しかし、9月になって別人のような活躍をしました。
 9月は3勝0敗、防御率2.21、被打率は.160、WHIP(1イニングあたりに四球、あるいは安打で何人塁に出したか)0.74でした。

 この大躍進の要因は2つ考えられます。

@投球の球種の配分が大きく変わった。
 レンジャーズには二人の捕手がいました。マイク・ナポリとヨービット・トレアルバです。マイク・ナポリ捕手とは余り相性が良くなかったので、ダルビッシュ投手とは主にトレアルバ捕手がバッテリーを組んでいました。
しかし、レンジャーズは7月30日にシカゴ・カブスからジョバンシー・ソト捕手を獲得して、ヨービット・トレアルバを放出したのです。ダルビッシュ投手はこれ以後ソト捕手とバッテリーを組むようになりました。そして球種の配分がガラリと変わりました。

7月、8月、9月の投球の球種の配分

FT ツーシーム
FF フォーシーム
SL スライダー
FC カットボール
CU カーブ
FS スプリッター(スプリット・フィンガー・ファーストボール)
CH チェンジアップ

Type       球種
Count      珠数
Selection  配分比率
Strike     ストライク率
Swing      スウィング率
Whiff      空振り率

7月
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8月
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9月
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9月の対左打者
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9月の対右打者
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 最も多く使う球種が7月はツーシーム、8月はフォーシーム、9月はカットボールと変化しました。

 9月になって速球を主体に投げるようになりました。9月はカットボールが39.7%、フォーシームが28.3%とこの2種類の速球の合計だけで68%になりました。そして、ツーシームは7.9%と余り使わなくなりました。

 9月になってコントロールが大変良くなっています。また空振り率も各球種で良くなっています。

 ダルビッシュ投手はずっと左打者に苦しんできました。2012年の左打者に対する防御率は4.23、被打率は.231でした。一方、右打者に対する防御率は3.49、被打率は.207でした。
 ところが、9月になって左打者に対するコントロールが良くなりました。多くの球種で70%を超えており、右打者の場合よりも良くなりました。
 また、9月には、左打者に対してカーブを効果的に使いました。空振り率は28.1%と有効でした。
 
Aダルビッシュ投手の投球フォームが変わった

 ダルビッシュ投手はセットポジションから投球していますが、その際前屈みで構えるようになりました。

 ダルビッシュ投手の投球フォームの変化を見てみましょう。

2006年アジアシリーズ決勝戦
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2012年4月9日、大リーグデビュー戦(対マリナーズ)、イチローに3安打目を許す
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2012年9月ロイヤルズ戦、あわやノーヒット・ノーランの試合、2回に球速97マイルを出す
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 構えをを前屈みにしたのは投手コーチであるマイク・マダックスの弟で、精密機械といわれ通算355勝を挙げたグレッグ・マダックスでした。マダックスのフォームとよく似ています。
 前屈みにした理由は、最初から軸足である右足の爪先側に十分に荷重するためでした。そうすることで、力強く蹴りだせるのと、早いタイミングで蹴りだすことが出来るからだと思います。

 通算868号の世界のホームラン王、王選手の1本足打法の軸足を見ればその理由がよく分ります。バッティングもピッチングも軸足をいかに早いタイミングで強く蹴るかによって、打球を遠くまで飛ばせるか、速い球を投げれるかが決まるからです。王選手の軸足(左足)に注目すると、爪先側に荷重して構え、踵を上げながら素早く足の向きを前に向け蹴っているのが分ります。左足の向きは最初から少し投手側に向いているのも素早い蹴りだしを可能にしているのだと思います。これは上原投手にも見られます。

世界のホームラン王、王選手の打撃フォーム
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posted by HANG IN THERE YU at 23:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

松井秀喜引退にヤンキースは素早く反応

 松井秀喜選手が引退を発表してから、多くのメディアからたくさんの声が寄せられています。その中の一つを紹介します。


Yankees Press Release

12/27/2012 7:15 PM ET
New York Yankees react to the retirement of Hideki Matsui
ニューヨーク・ヤンキースは松井秀喜の引退にすぐに反応を示しました。

Earlier today, former Yankee Hideki Matsui announced his retirement from Major League Baseball.
今日の早い時間に、ヤンキースの選手だった松井秀喜が大リーグからの引退を発表しました。


Matsui – nicknamed ‘Godzilla’ – spent seven seasons with the New York Yankees (2003-09), combining to bat .292 (977-for-3,348) with 536 runs, 196 doubles, 140 home runs and 597 RBI.
ゴジラのニックネームを持つ松井はニューヨーク・ヤンキースで7年(2003-09)を過ごし、打率.292(3348打数977安打)、536得点、196二塁打、140本塁打、597打点の成績を残しました。


Originally signed by the Yankees as a free agent on January 14, 2003, following a 10-year career in Japan with the Yomiuri Giants, Matsui became first player in franchise history to hit a grand slam in his Yankee Stadium debut, doing so on April 8, 2003 vs. Minnesota.
読売ジャイアンツの選手として日本で10年の経歴を残した後、2003年の1月14日にフリーエージェントとしてヤンキースと最初に契約した松井は、ヤンキース・スタジアムでのデビュー戦で満塁本塁打を打った球団史上初の選手になりました。それは2003年4月8日のミネソタ(ツインズ)戦でのことでした。


The two-time All-Star (2003-04) did not miss a game over his first three years with the Yankees, playing 518 consecutive games – which remains the longest streak of consecutive games played to start a career in Major League Baseball. He also drove in at least 100 runs four times during his MLB career, including each of his first three seasons.
二度オールスターゲーム(2003-04)に出場したこの選手は、ヤンキースでの最初の3年間、休むことなく518試合連続で試合に出場しました。これは未だに大リーグで初めてプレイする選手の最長の連続試合出場記録です。さらに彼は最初の3シーズンを含め、大リーグでの経歴の中で4度100打点以上を挙げました。


In his final game as a Yankee, Matsui went 3-for-4 with a home run and 6RBI in the Yankees’ World Series-clinching Game 6 win vs. Philadelphia on November 4, 2009. The 6RBI is tied the World Series record for a single game (also the Yankees’ Bobby Richardson in 1960 and Albert Pujols in 2011), and sealed Matsui’s unanimous selection as the World Series MVP.
2009年11月4日、ヤンキースでの最後の試合となる、フィラデルフィア(フィリーズ)とのワールドシリーズ第6戦で松井は、4打数3安打、1本塁打、6打点を挙げました。この6打点というのは1試合でのワールドシリーズのタイ記録で、(他にヤンキースのボビー・リチャードソンが1960年に、アルバート・プホルスが2011年に記録しています)これによりワールドシリーズのMVPが全会一致で決まりました。


STATEMENT FROM YANKEES MANAGING GENERAL PARTNER HAL STEINBRENNER
ヤンキースのオーナー、ハル・スタインブレーナーからの声明


“Hideki Matsui, in many ways, embodied what this organization stands for. He was dedicated to his craft, embraced his responsibilities to his team and fans, and elevated his play when he was needed the most. He did all these things with a humility that was distinctly his own, which is why he was such a big part of our success and why he will always be a cherished member of the Yankees family.”
松井秀喜はこの組織(ヤンキース)の真の姿を具体的に表現してくれました。彼は自己の技術向上に専念してきました。そして、チームとファンに対する責任を快く受け入れてくれました。また、最も必要なときに自分のプレイのレベルを引き上げてくれました。彼はこれらすべてのことを、これは明らかに彼自身に備わった資質である、謙虚さを持って実行してくれたのです。このことは、ヤンキースが成功できたのは彼に負う所が大きい、また彼はいつまでもヤンキースの家族の大事な一員である、と言える理由でもあります。



STATEMENT FROM YANKEES GENERAL MANAGER BRIAN CASHMAN
ヤンキースのブライアン・キャッシュマン・ゼネラルマネージャーからの声明


“Hideki is proof that baseball is an international attraction that brings people from all over the world together in their passion for the game. He was the type of player and person you want young fans of this game to emulate. He played with pride, discipline and of course talent, and flourished when the lights were at their brightest. People naturally gravitated towards him, and that’s a direct reflection of his character. He was a true professional in every sense of the word and it feels good knowing he was able to raise the championship trophy as a member of the Yankees.”
「秀喜は、野球がこのゲームに情熱を抱いた世界中の人々を呼び集める国際的な呼び物であることを証明しました。彼は野球の若いファン達に見習って欲しいとみんなが思うタイプの選手であり、人物でした。彼は誇り、主義、さらに、もちろん才能も持って、プレイしました。そして、最も光り輝いたときには、充実した成果となってあらわれました。人々は自然に彼に引き寄せられました。それは彼の個性の裏返しとも言えます。彼は言葉の全ての意味において「真のプロ」でした。そして彼がヤンキースの一員としてワールド・チャンピョンのトロフィーを掲げることができたことは良かったと思っています」



STATEMENT FROM YANKEES SHORTSTOP DEREK JETER (Matsui’s teammate from 2003-09)
ヤンキースのショート、デレク・ジーター(松井の2003年から09年までのチームメイト)からの声明


“I’ve said it numerous times over the years, but it’s worth repeating now. I’ve had a lot of teammates over the years with the Yankees, but I will always consider Hideki one of my favorites. The way he went about his business day in and day out was impressive. Despite being shadowed by a large group of reporters, having the pressures of performing for his fans both in New York and Japan and becoming acclimated to the bright lights of New York City, he always remained focused and committed to his job and to those of us he shared the clubhouse with. I have a lot of respect for Hideki. He was someone we counted on a great deal and he’s a big reason why we became World Champions in 2009.”
「私は何年にも渡ってこのことはたびたび言ってきたのですが、それに値することなのでまた、繰り返して言います。私は何年にも渡ってヤンキースで多くのチームメイトができましたが、いつでも秀喜は私のお気に入りの選手の一人であると思っています。彼の仕事のやり方はいつの日にも印象深いものがありました。大勢のレポーターに追い回され、ニューヨークと日本のファンのために良いプレイをし、さらにニューヨークという街の目映い光に慣れるプレッシャーを受けたにもかかわらず、彼はいつも集中力を切らさず、自分の仕事とクラブハウスの仲間とかかわってきました。私は秀喜をとても尊敬しています。彼はたいへん頼りになる人でした。そして我々が2009年にワールドチャンピオンになれた最大の理由は彼がいたからです」
posted by HANG IN THERE YU at 14:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松井秀喜選手を引退に追い込んだ打撃フォームの変化

 松井秀喜選手が引退を発表して非常に残念に思っています。現在40歳のヤンキースのラウル・イバネス選手は来シーズンは古巣のマリナーズに戻って野球をやるそうです。それを聞くと、現在38歳の松井選手もまだまだできるのにと思ってしまいます。

 松井選手の打撃フォームを過去から現在まで見ていたところ、打撃不振に陥った原因はこれなのかなと感じたことがあったので述べてみたいと思います。

 日本で調子の良かったときの打撃フォームは、大リーグに移籍してからの映像の中には見つけられませんでした。そして2012年度の打撃フォームは極端に悪く見えました。

 それでは具体的な映像(全てホームランを打ったときの映像)を見ていきましょう。

 日本での打撃フォーム

1996年、巨人入団4年目
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前足が着地してから、後ろ足を蹴り始めています。

1997年、巨人入団5年目、4試合連続本塁打を打ったときで、投手は横浜の三浦、好調時の打撃フォーム、スウィングスピードが速く、頭も動いていません。
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前足が着地する直前に後ろ足を強く蹴り始めています。また、バリー・ボンズのように、前足の爪先を浮かせ、踵を支点に体の回転を速くしています。

2003年、ヤンキース入団1年目、ヤンキーススタジアム初登場で満塁ホーマーを打つ
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2012年タンパベイ・レイズでのホームラン、6月1日のオリオールズ戦、対戦投手はチェン・ウェイン(松井、大リーグ最後のホームラン)
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 前足を以前より高く上げ、その際すでに上体がバックネット側に少し傾いています。また、前足が着地した直後に後ろ足を強く蹴っています。


 1997年の横浜の三浦投手から打った150m弾は上体が垂直で、頭も動かず非常に良い打撃フォームで
す。
 他の打撃フォームはいずれも上体の軸が捕手側に倒れています。特に、2012年の松井選手の大リーグ最後のホームランはかなり上体が傾いています。
 
 松井選手のこの打撃フォームの違いをもたらしている原因をこれから探ってみましょう。

 いろいろなホームランバッターの打撃フォームを見ていると、ホームランを打つために必要なもの(ホームランバッターの特徴)が見えてきます。

 大リーグ通算762号、シーズン72号の大リーグ記録を持つバリー・ボンズ選手は強烈な印象を残しました。シーズン72号のホームランを打った全盛期の頃にはストライクゾーンに入ったボールはほとんどホームランにしてしまうと印象が残っています。また、四球も非常に多く、2004年にはシーズン232個の四球を選んでおり、これは依然として大リーグ記録です。
 バリー・ボンズの打撃フォーム
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 後ろ足は踵を上げ爪先に荷重した状態で構え、ボールのタイミングに合わせて瞬時に膝の向きを正面に向けながら強く蹴っています。それと同時に前足をわずかに前にステップし、前脚は膝を少し曲げて着地し、爪先を上げ踵を支点にして体が回転しやすくしています。
 また、後ろ足が爪先を支点に、前足が踵を支点に回転するので、足の大きさ分、体をオープンにした(開いた)のと同じ効果があるので、体が回転しやすくなっています。
 前足のステップは小さく、速いボールへ対応しやすく、ボールを目線の近くまで呼び込んで打てるフォームだと言えます。

 三冠王三度の落合 博満の打撃フォーム、対戦投手は野茂英雄
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 前足を3塁側に開いて踏み出し、体の回転を助けています。この体の開きと、素早い体の回転で、内角のボール球を腕をたたんでホームランに出来たのは落合選手だけでした。

 通算868号のホームランを打った王貞治の打撃フォーム(一本足打法)
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 1本足打法で、上げた前足を前に踏み出して、着地する直前に後ろ足の踵を浮かせながら、膝を前に向けながら爪先で強く蹴っています。前足が着地してから、後ろ足を蹴り出してしまったら調子の悪い時の松井選手のように上体の軸がバックネット側に傾いてしまったかもしれません。

 バリー・ボンズ、落合 博満、王貞治、3人に共通しているのは体全体を素早く回転させて打っている点です。この回転を生み出しているのは両脚です。ホームランバッターは前足を前にステップしながら、前足が着地する前に、後ろ足を力強く瞬時に蹴り、着地した前脚で体が前に行くのを止めて、骨盤の素早い回転を生み出しています。そして、バットの速いスウィングスピードを生み出しています。

 したがって、前足が着地する前に後ろ足を、膝を前に向けながら強く蹴らなければいけません。前足が着地してから後ろ足を強く蹴ってしまうと腰のあたりだけ前に押され、上半身は余り動かないので、体の軸が捕手側に傾き、体の回転スピードも弱くなり、頭も動いてしまい、良い成績が残せないのではないでしょうか。
 考え方は投球と一緒です。投球の際、前足が着地する前に後ろ足を強く蹴るのと一緒です。

 アメリカで主流の投球フォームでは体の回転を主体に投げるので、ホームランバッターの打撃フォームと非常に似ています。特に1本足打法の王選手の場合はサイドスローに近い投手と体の使い方はほぼ一緒です。

 打撃も、投球も後ろ足の蹴りから始まり、下半身をうまく使える選手は良い成績を残せると言えます。

 松井選手は速いボールに対応しようとするあまり、上体が少しバックネット側に傾くようになったのかもしれません。バリー・ボンズ選手のように最初から後ろ足は爪先過重にして、さらに足の向きを最初から少し前に向け、後ろ足の蹴り出しと前足のステップを同時に行い、ステップはわずかに留めたほうが良い結果が出る気がします。
 後ろ足の向きを最初から少し前に向けるという案は上原投手の右足の使い方から来ています。蹴り出しの強さは足の向きが蹴り出す方向と平行のときが最大になるからです。

 ヤンキースには一度引退した選手がまた戻ってくるケースが多い(投手ではロジャー・クレメンス、アンディ・ぺティット等)ので、松井選手にはもう一度ヤンキースでプレイしてもらいたいですね。草野球はまだやるかもしれないと言っているのでまた野球がしたくなるかもしれません。


 
posted by HANG IN THERE YU at 10:05 | Comment(0) | MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする