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現役投手のためのブログ

2018年02月12日

2001年の大リーグ・ワールドシリーズに出た韓国のアンダーハンド投手キム

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2001年の大リーグ・ワールドシリーズを記憶に残るシリーズにした立役者の一人は、韓国のアンダーハンド投手ビョンヒョン金 炳賢 (キム・ビョンヒョン)Kim, Byung-Hyunかもしれません。


2001年の大リーグのワールド・シリーズはニューヨーク・ヤンキース対ダイヤモンド・バックスでした。
何が興味深いかというと、ヤンキースは1998年、1999年、2000年とワールドシリーズを3連覇していました。その勝ち方も圧倒的で、3度のワールド・シリーズの勝敗の合計は12勝1敗です。さらに、ヤンキースは1996年も優勝しています。

ヤンキースは4連覇がかかっていたのです。

ヤンキースは過去5連覇(1949年から1953年)が一度、4連覇(1936年から1939年)が一度ありました。3連覇しているのは、他のチームではオークランド・アスレチクス(1972年から1974年)だけです。

アリゾナ・ダイヤモンドバックスはリーグ拡張により1998年に増設された、創設4年目のチームでしたが、選手はみんな30歳を超えたベテランばかりでした。

ヤンキースの投手陣には、ロジャー・クレメンス、マイク・ムッシーナ、アンディ・ペティットの先発投手とクローザーのマリアーノ・リベラがいました。野手では、デレク・ジータもいました。ヤンキースの方が有利に見えましたが、ダイヤモンド・バックスには、同年のサイ・ヤング賞投票で1、2位となったパワーピッチャー2人がいました。

ランディー・ジョンソン(サイ・ヤング賞1位)とカート・シリング(サイ・ヤング賞2位)です。ランディー・ジョンソンは2015年に大リーグ野球殿堂入りしています。カート・シリングも今年の選挙では落選しましたが、殿堂入りの可能性はあります。

2人とも、ダイヤモンド・バックスに移籍してから自己最高の成績を残しました。
ランディー・ジョンソンの2001年のレギュラー・シーズンの成績は21勝6敗、カート・シリングは22勝6敗でした。

試合は、弟1戦カート・シリング、第2戦ランディー・ジョンソンでダイヤモンド・バックスが2連勝。

弟3戦はロジャー・クレメンスでヤンキースが勝利。

弟4戦はダイヤモンド・バックスが9回まで3−1で勝ち越していましたが、リリーフ投手が9回に同点ホームラン、10回にサヨナラホームランの2本打たれて逆転負けをきっしました。

デレク・ジーターの10回サヨナラホームラン
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弟5戦はダイヤモンド・バックスが9回まで2−0で勝っていましたが、リリーフが同点2ランを打たれて、結局逆転負けのきっかけを作ってしまいました。試合は延長12回、ヤンキースのサヨナラ勝ちで、対戦成績は3勝2敗とヤンキースが王手をかけました。

この計3本のホームランをきっしたのが、韓国のアンダーハンド投手キム・ビョンヒョンでした。

キム投手はこのとき、まだ22歳でした。20歳でダイヤモンド・バックスに入団し、大リーグ在籍9年(1999〜2007)で、54勝60敗86セーブを挙げています。

第6戦、後がなくなったダイヤモンドバックスは、ランディ・ジョンソンで3勝3敗のタイにもどしました。

第7戦、ダイヤモンド・バックスはカート・シリング、ヤンキースはロジャー・クレメンスが先発しました。
試合は投手戦となり、8回を終わって、ヤンキースが2対1でリード。

ダイヤモンド・バックスは、ここで、なんと、前日に先発したランディ・ジョンソンをリリーフに投入。
一方、ヤンキースは9回裏、クローザーのマリアーノ・リベラを投入。ヤンキースの4連覇は間違いないと多くの人が思っていたでしょう。しかし、まさかの救援に失敗。3対2でダイヤモンド・バックスがワールド・シリーズ初優勝をしました。シリーズMVPはランディ・ジョンソンとカート・シリングが同時受賞しました。
posted by HANG IN THERE YU at 18:48 | Comment(0) | MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

チャーリー・マニエル監督がいなかったら、ジム・トーミ氏の野球殿堂入りはなかったかも知れません

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2018年度の大リーグ野球殿堂入りした選手の発表結果は、途中結果が公表されるようになったせいか、予想通りでした。



チッパー・ジョーンズChipper Jones
ウラジミール・ゲレーロ Vladimir Guerrero
ジム・トーミ Jim Thome
トレバー・ホフマン Trevor Hoffman
の4人です。
野手が3人、投手はトレバー・ホフマン 1人です。

 このうち、日本とかかわりのある選手は、ジム・トーミ Jim Thome選手です。
 直接、関係があるわけではありません。日本のプロ野球ヤクルト球団に在籍していたチャーリー・マニエル氏がいなかったら、野球殿堂入りはできなかったでしょうと、本人が、受賞後、語っています。

 ジム・トーミ選手がマイナーリーグにいたときの監督が、チャーリー・マニエル氏でした。

 マイナーリーグ(3A)の他の多くの選手と、ロバート・レッドフォード主演の「ナチュラル」という野球映画のビデオを見ていたとき、チャーリー・マニエル氏がやってきて、見るのをもう辞めるように言いました。しかし、みんなのまだ見たいという強い要望で、引き続き見ることを許可せざるを得ませんでした。

 チャーリー・マニエル氏は、ジム・トーミの打撃指導をどうするか思案しているときに、この「ナチュラル」の主人公の打撃フォームを取り入れることを思いつきました。
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 バットを一度、ピッチャー、センター方向に向け、オープンスタンスに構える打撃フォームです。この、打撃フォームを取り入れたおかげで、引っ張り、流し打ちと全方向に打球が飛ぶようになり、飛距離も出るようになり、球界を代表するパワー・ヒッターになったのでした。

 日本プロ野球史上、最悪の助っ人と言われている元ヤクルト球団のペピトーンの後釜として、性格的に日本に適した選手として、チャーリー・マニエル氏がロサンゼルス・ドジャース のピーター・オマリー 会長に推薦されたのでした。マニエル氏は1978年にはヤクルト初の日本一に貢献するなど、日本で活躍しました。また、大リーグの監督も務め、2008年にはフィリーズの監督としてワールド・チャンピオンにもなっています。
 ジム・トーミ選手は、恩師のチャーリー・マニエル氏同様、性格が良いためか、大リーガーの間から「最も中の良いチームメートは誰か」というアンケートの第一位に選ばれています。

 ジム・トーミ選手が活躍していた時代、バリー・ボンズ、サミー・ソーサ、ほかパワーヒッターの多くが薬物を使用していたと見られていますが、このような時代にジム・トーミ選手はその疑いをかけられていません。

 このような時代の中での、通算612号達成というのは非常に高く評価されています。ジム・トーミ選手が正直に活躍し、誰からも好かれる選手となり、野球殿堂入りできたのはチャーリー・マニエル氏のおかげかもしれません。そのチャーリー・マニエル氏は日本で活躍したこともあり、今回のジム・トーミ選手の受賞は日本人としても大変うれしい限りです。
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posted by HANG IN THERE YU at 15:25 | Comment(0) | MLBニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

大リーグの2018年度の野球殿堂入り選挙について

 大リーグの2018年度の野球殿堂入りの結果は今日(日本時間:20180125)発表予定です。


 ここ最近、多くの選手が野球殿堂入りしています。野球殿堂入りの選挙は1936年が最初でした。この年には、5人の選手が選ばれています。1935年に引退したベーブ・ルースももちろん選ばれています。


 最多得票で選ばれたのはベーブ・ルースではありませんでした。タイ・カッブでした。タイ・カッブは相手チームの選手にも、自分のチームの選手にも嫌われていましたが、圧倒的な成績がものをいったのか、それとも、選挙を行った全米野球記者協会の投票委員には人気があったのか、トップ当選しました。


 この選ばれた選手のグループのことをクラス(class:組)と呼んでいます。1936年クラス、あるいは、最初に選ばれたのでファーストクラスとも呼ばれています。


 最初の栄誉を手にした選手は、野手が3人、投手が2人でした。


 野手では、カッブ、ルースの他に、走、攻、守に優れていた史上最高のショートとも言われているパイレーツ一筋のホーナス・ワグナーが選ばれています。


 投手では、大リーグ史上、最高の投手の呼び声が高いウォルター・ジョンソン(通算417勝で第2位)、通算373勝(第3位)のクリスティー・マシューソン(当時では珍しい大学出身で、理想の野球選手的な選手だった)が選ばれています。


 歴史的に平均して一年に3人が選ばれていますが、ここ最近は多くの選手が選ばれています。連続した4年間では、過去12人が最高でした。また、一年に5人が選ばれたのは、1936年の第一回目だけでしたが、今年はその記録を更新するのではないかとも言われています。4人は確実に選ばれそうですが、もしかしたら5人目も選ばれるかも知れません。


 その5人目とは元マリナーズの指名代打だったエドガー・マルティネスEdgar Martinez(イチロー選手が入団した際、主砲でした)です。もし選ばれなくても、来年は最後のチャンス(10度目の候補)なので、選挙も甘くなる傾向があり、選ばれるのは確実なようです。

 今年、選ばれるのがほぼ確実なのは、可能性の高い順に、 チッパー・ジョーンズChipper Jones, ジム・トーミJim Thome, ウラジミール・ゲレーロVladimir Guerrero,トレバー・ホフマンTrevor Hoffmanです。


チッパー・ジョーンズChipper Jonesは、スウィッチ・ヒッターで両打席で3割を達成した唯一人の野手です。


 ジム・トーミJim Thomeは通算612本のホームランを打っています。600本以上のホームランを打って殿堂入りした選手は、ケン・グリフィー・ジュニア、ウィリー・メイズ、ハンク・アーロン、ベーブ・ルースのわずか4人だけです。ジム・トーミは5人目の選手になります。


 ウラジミール・ゲレーロVladimir Guerreroの通算打率は.318と非常に高く、1961年のリーグ拡張時代(それまではアメリカンリーグ8チーム、ナショナルリーグ8チームだけだったが、その後チーム数は増えて、現在の30チームになった)以降では、第4位です。

 トレバー・ホフマンTrevor Hoffmanは、来年選ばれるのが確実なマリアーノ・リベラ、につぐ通算601セーブを達成しています。リリーフ投手は殿堂入りはなかなか困難で、トレバー・ホフマンは昨年、あと少しのところで落選しています。


 殿堂入りのチャンスは、10回しかなく(過去には最長15回までチャンスがあった)、75パーセント以上の得票が必要で、5パーセントをきると、翌年にチャンスは延ばせません。10度目のチャンスを逃してもチャンスはまだ残っています。以前はベテラン委員会と呼ばれていた、時代委員会が大リーグの歴史を4つの時代に区切り、その中から、優秀な成績を残した選手を選んでいます。
 大リーグから締め出されていた黒人のリーグ、ニグロリーグもその対象で、ニグロリーグから最初に選ばれたのは伝説の投手サッチェル・ペイジ(1948年に42歳で大リーグにデビューしました。インディアンスの剛速球投手ボブ・フェラーとチームメイト)でした。


殿堂入り投票結果の詳細は、Thibodaux's Hall of Fame Trackerで見れます。
posted by HANG IN THERE YU at 06:08 | Comment(0) | MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする